妊活日記①ー私が妊活を始めるに至ったわけ

私の妊活は、現実を知るところからのスタートであった

私は、20歳の時に産婦人科で多嚢胞性卵巣症候群と診断されました。

その時は子どもを持つ希望はなかったので、低用量のピルを飲んで生理を調整していました。

 

時は流れ、私は30歳前に結婚し、夫との子どもを授かりたく、すぐに妊活を始めました。

近所の産婦人科で、私はできる限り自然な形の妊娠を望んでいたので、言われた通りに基礎体温をつけ始めました。

しかし多嚢胞性卵巣症候群と前に診断されていることもあり、生理は2~3か月に1回しか来ません。下手したら半年は来ません。

はっきり言って高温期というものがほぼなく、生理前の前兆もないので、いつ生理が来るかすら予想できないのです。

体温計壊れているんじゃないかとさえ思ったぐらいです。

 

このままでは、妊娠は難しいとの先生の判断がありました。

クロミッドを飲み、卵が育つか確認することになりました。

しかし、1錠を数日飲んだだけではあまり育ちませんでした。

 

次の2周期では、クロミッド2錠を数日飲んで、卵が育つか確認することになりました。

効果はある程度見られたようですが、卵胞は20㎜に達しませんでした。

 

さらに次の2周期ではクロミッド2錠を数日飲んで、HMG注射を2回行い、卵の成長が見込まれるか見ることとなりました。

しかし、2回とも成長して排卵したかどうかがわからないという結論になってしまいました。

 

これで軽く半年が過ぎました。周りの友人は子どもを少なくとも一人は授かっており、中には2人になっている人もいました。

その中で私は子どもが欲しくても授かれないという厳しい現実に向き合わなくてはならないのです。

現実は本当に甘くない、そう感じたのです。

街に子どもを連れている人を見ると、何とも言えない複雑な気持ちになることが増えました。

半年の休息を経て、不妊治療専門クリニックの受診を決意した

近所の産婦人科での通院は、もやもやするものでした。

白黒はっきりするのが好きな私にとって、原因がわからないということは非常に苦痛でした。

半年以上、自然妊娠を試みても、先生にもわからない状態なら、専門に行く必要があると思うようになりました。

 

私は治療を半年中断し、いろいろとクリニックを調べ、知り合いの方が通っていた都内の不妊治療専門クリニックを受診することを決めました。

その知り合いの方はそのクリニックに通い、40歳を過ぎて初めて出産されたそうです。

そう聞くと勇気が湧いてきて、私でもがんばればできるかも、という希望を持ったのでした。

 

金銭的な負担が増えることを心配し、夫に相談すると、夫のほうは「なるべく早く受診しよう、お金は心配しないで」と言ってくれました。

そう言ってもらえるだけ感謝の気持ちでいっぱいです。むしろ夫のほうが強く子どもを望んでいるのかもしれません。

 

近所の産婦人科で紹介状をもらい、ついに夫婦で受診することになりました。

 

 

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